三島由紀夫の潮騒を読了した。歌島を舞台に海に生きる男と海女の純愛を描いた牧歌的な作品だ。物語の下敷きとしてギリシア古典の「ダフニスとクロエ」があるらしい。海や山の自然の情景描写が美しい。
三島の作品といえば耽美で技巧的な文章が特徴的だが、この潮騒は若者の純愛をストレートに描いていて、少しも晦渋なところがない。
例えば、三島の代表作である「仮面の告白」は同性愛の告白で、性的マイノリティの半自伝的小説だし、「金閣寺」は重度の吃音に悩まされた主人公の話だ。自分は人と違うというコンプレックスから社会的な疎外感を感じ、鬱屈した感情を募らせていく話で、ある種の共感を呼ぶものがある。
しかるに、この潮騒はそういうところが一切なく、二人の純愛はほとんど邪魔をされず、予定調和的に、しかも結婚まで深い関係を持たないという純潔を保ったまま終わる。裸で抱き合うシーンまであるのにw
こういう話は現実にはありえないが、小説なのだから現実をリアルに描く必要などないのだし、なんだって良いのだと思う。むしろ、清々しいまでに読後感も爽やかだ。
印象的なシーンといえば、海女同士の裸比べ(乳比べ)のところだろう。こういうエロさのなかにも品を漂わせるというのは、川端や谷崎、三島くらいの技量がないと書けないものだ。翻訳でなく母語として、彼らの作品を鑑賞できるというのは、日本人として生まれて良かったなと思える瞬間である。
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