私の作った教材を実際に使用してくれている塾のサイトです。好意的なレビューでありがたい限り。
今年の4月からの導入で、手探りでの使用だとは思いますが、今後も使い続けていただけると嬉しいです。
小学校の英語教育でお困りの方は多いと思うのですが、少しでも役に立てる教材をこれからも作っていきたいと思います。
私の作った教材を実際に使用してくれている塾のサイトです。好意的なレビューでありがたい限り。
今年の4月からの導入で、手探りでの使用だとは思いますが、今後も使い続けていただけると嬉しいです。
小学校の英語教育でお困りの方は多いと思うのですが、少しでも役に立てる教材をこれからも作っていきたいと思います。
今日でGWも終わりか。あっという間だったな。遠出はしなかったが、伊東屋でたくさんの文房具を眺めたり、地元の美術館に行ったり、ゆるりと過ごしました。なかでも一番の思い出は、ラ・フォル・ジュルネで音楽を聴いたことだね。これ以上休むと社会復帰出来なくなりそうなので、ちょうどいいのかもね。
オレオールの時計といわれて、ピンと来る人はどのくらいいるのだろうか。
時計好きな私でさえ知らないのだから、世間的な知名度はかなり低いだろう。
祖父の形見の時計は、オレオール製の手巻きの機械式時計だ。
オレオール社は1800年代後半にスイスで誕生した歴史のあるメーカーだったらしいが、倒産して日本の企業の一ブランドとして名を残すのみのようだ。
http://
そんな残念な状態ではあるものの、私はこの時計が結構気に入っている。
・18金の時計であること
成金っぽいイメージを持つ人も多いだろうが、この時計に関してはいやらしさがない。
華やかで上品な印象がある。40を過ぎて、金時計も一本は欲しいなあ、と思ってた矢先に労せずして手に入れられたので嬉しい。
・小ぶりなサイズ
ケースも34ミリ程度で現代の時計の標準サイズからは小さめだが、控えめでよろしい。
手首の細い私には、この時計はとてもしっくり来る。
・針が長いこと
3針とも長く、秒針のインデックスまできっちり届いている。寸足らずな針だと萎えるが、この時計の針は十分な長さがあり、見ていて気持ちがよい。
・文字盤の数字のデザイン
デザイン性の高い数字になっている。4の数字など好みが分かれそうな所だが、ポップな印象で自分は好きだ。
・状態がよいこと
1950~1960年代の時計だが、保存状態がとても良く、文字盤の焼けやシミがほとんどない。
金は柔らかいのでキズがつきやすいが、裏蓋にもほとんどキズがなかった。祖父はほとんど使っていなかったのではないかと思われる。
・精度がよいこと
一度もオーバーホールしていないらしいのに動くばかりか、精度がよい。1日経っても1分はずれていない。とはいえ、中の油は切れているからメンテナンスが必要だ。
・アンティーク時計
正真正銘のアンティーク時計が醸し出す雰囲気は素晴らしい。復刻版とはわけが違う。
でも、防水性などは低いので、使用に当たっては気を付けないといけないだろう。
その他、ドーム型の風防や針の曲がり具合など、良い所はたくさんあるけれど、 何と言っても、祖父の時計を直して使うというのは人生の重みを感じる。
これからも大事にしていきたい。
小学英語はその後も売上げを順調に伸ばし、2ヶ月半で小5・小6合わせて、25,000冊売れた。
出版不況で、10,000冊売れればすごいと言われる中、これだけ売れているのは驚きだ。
結果よりもプロセスを重視、なんて言葉もあるけど、会社の上の人ほど結果(売上げの数字)しか見てないんだよな。そして結果さえ出れば、どんなプロセスであれ正当化される。やっぱ売れる本を作んなきゃダメだな、としみじみ感じる今日この頃。
自分の作った2冊の本の評判が気になって、エゴサーチみたいなことをしてたら、こんなサイトを見つけた。
知らぬ間に、上海の塾でも使われることになるとは
当初は小5・小6とも1万部売れればよい、くらいに思われていたが、小6の売れ行きが伸びて、小6だけで1週間で1500冊くらい売れた。この先どうなるかは分からないが、入学シーズンの3月4月はもっと出るだろう。
実際、自分の作った本が売れるのは嬉しい。
どんなに良い本を作ったって、誰も読んでくれない(買ってくれない)のでは、世の中的に見ればないものと同義だ。だから、多くの人に読んでもらわないとどうしようもない。
でも、それと同時に不安も覚える。
何しろ、これらの本はどこにも存在しないような独創的なものだからだ。
私の頭の中にあったイメージを本にしてしまったような部分が多く、何の本も参考にしていない。参考にしたのはせいぜい文科省の資料くらいだ。
だから、きっと使いにくいと思う人もいるだろう。
たくさんの人が読むということは、賞賛されると同時に、批判されることも多くなるということだ。
万人に認められることなど無理なのだから覚悟を決めるしかないのだが、やはり不安はつきまとう。自分で気づかなかったことも多いだろうし。
でも、もう仕方ない。自分の分身である2冊の本は、勝手に一人歩きし始めてしまったのだ。
あの2冊の本が、あらゆる批判や賞賛に耐えうる力を持っているかはよくわからない。でも、そうやって揉まれて鍛えられていくことで、本は育っていくのだと思う。